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会誌『癒しの環境』vol.12 No.2
(2007年07月15日刊行)
「足で大地を踏みしめたい」 −第35回研究会報告−
〜最新号の巻頭言から〜

 足で大地を踏みしめる大切さは、アルプスの娘ハイジに教わった。そこには病弱なクララがおり、いっぽう秘密の花園には過保護にされて足のなえた少年コリンがいた。秘密の花園でリハビリをして、大人をびっくりさせるという話である。その歓びの場面を、少女の私はふとんの中で何度も何度も読み返した。歩くことの歓びが、この二つの少女小説で痛いほど伝わってきた。
 私がクウェートに小児外科医として行ったとき、最初に見た坊やが髄膜炎菌による電撃性紫斑病だった。Purpura fulminansという。アナフィラキシー様ショックで運ばれてきたシリア人の美しい少年だ。意識があるのに、四肢のしびれ感(痛み)と紅斑があった。血小板減少があり、翌日になって、全身状態は悪化して、末梢を中心に、紫斑から四肢は壊疽になった。壊疽の部分は乾燥しており、いわゆる「ミイラ化」。そして、2日ですべての四肢末端はとけてしまった。おちんちんの先もとけてなくなった。日本ではそれまでに10例もあるかないかだと。教授に教えてもらったこともある稀有な病気だ。その病気の子が目の前にいる。両手も両足もなくなって。世界的小児外科医のフリーマン先生でさえ、手足の先を救えなかった。
 美しい少年の手足がとけていくのを見ているだけしかなかった医療側の無力は、重たい石となって、残っている。あのフリーマン先生がいたから、壊死は手足の先だけで、腕は半分残ったし、脚も、下腿半分が残ったし、と自分を理解させようとしても、納得できなかった。医者はこうした石をバネに「なにくそ」とよい医師になっていくしかないのであろう。
 内線が続くアフリカでは、フツ族とツチ族の争いで、多くのツチ族が、投票できないように反対派によって手を切断された。子孫を根絶やしにする目的で、子供の手足を切断する蛮行が行なわれたとも聞く。かたや、せっかくの手足がありながら日本では、寝かせきりによって大量の寝たきり老人が製造されていた。スウェーデンの福祉施設では歩くことを推奨している。靴を履いて歩き、足や爪の病気で靴が履けなくなったら、はだしででも歩かせる。どうしても歩けなくなったら、個人個人その人に合った安楽いすにコロをつけて、移動させる。立てなくても、少なくとも座っている。外の風に当たることもできる。
 日本では、糖尿病の治療をせずにむざむざ糖尿病壊死から、足を切断される人も多い。大腿から切断してしまうことも少なくない。糖尿病および糖尿病の予備軍は合計1620万人にも及び、日本人の成人6.3人に1人にもなっている(厚生労働省「糖尿病実態調査」)。治療を受けている人はわずかに50.6%にすぎない。糖尿病性足潰瘍の8割に、平均10年以上の糖尿病歴を有しながら放置し、未治療で経過していたという共通した特徴がみられる。そして、多くの医師は簡単に足を切断する。医療は発達してきた。糖尿病でも、適切に治療すれば、壊疽創は治る。こうした福音を伝えてくれる講師が今回の目玉だ。
 白血病の少年が奇跡的に治ったというカナダの実話があった。末期の脳腫瘍に冒された少年は、有名な昆虫学者に「青い蝶モルフェオに会わせて」と頼む。だが探索中に、少年を背負っていたその学者が蛇にかまれる。1時間以内に血清を打たないと死んでしまう。歩け。学者は背負っていた少年を放り出し、自分で生きていくことを命じる。少年は意地で歩き出し、昆虫学者は血清を得て、命が助かる。自己治癒力とはこういう場面で働くのだ。少年はみるみる回復し、死なないで、20歳の今も元気だそうだ。
 足があれば、歩かせればよいじゃないか。医療側も努力し、患者も気合で治そう。足で歩くことは、当たり前であるが、足で大地を踏みしめることはの意味は大きい。私はたまに足を挫くが、そのたびに生身の足で歩く重要性を感じている。


癒しの環境研究会代表世話人
日本医科大学医療管理学教室  高柳 和江


最新号・主要目次
『癒しの環境』Vol.12 No.2
CONTENTS  2007.7月
T.特集 「足で大地を踏みしめたい」 −第35回研究会報告−

シンポジウム
傷を治して自分の足で立つ
 練馬総合病院・創傷ケアセンター長  井上 聡
生きる希望につながるリンパマッサージ

学校法人後藤学園附属医療施設リンパ浮腫治療室室長  佐藤佳代子
足の専門外来担当29年間
整形外科医  町田英一

U.病院見学会記録

初台リハビリテーション病院を見学して 〜設備メーカーの視点から〜 

TOTO 病院水まわりチーム  磯 誠二
「病院らしくない病院」を見学して
医療法人杏園会 伊藤病院院長  伊藤知敬
福原病院見学記――建築からのエンパワーメント
日本光電デザインセンタ  松尾元道
治る力を引き出す空間 〜福原病院を見学して〜
宮井万紀子
初台リハビリテーション病院の概要
初台リハビリテーション病院理事長  石川 誠

V.論文・資料

リンパ浮腫って治らないの――より高いQOLをめざして

東京医科歯科大学、東京共済病院外科 山崎善弥
加圧トレーニングとその応用

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系教授 石井直方

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